2017_03
08
(Wed)00:20

女性が輝くって? 

3月8日は国際女性デーということで、
昨日の朝日新聞のフォーラムでも女性問題が取り上げられていた。

気になったのは、「どんなにリベラルでフェミニストでも、働くことを『社会に出る』と言ってしまう。『女性の社会進出』という、言葉の気持ち悪さよ」という、スエーデンに留学中の21歳の大学生の女性の言葉。
「社会に『出る』。女性も女の子も男の子も皆『社会』に存在しているのに、『出る』という日本語の表現が、すごく気になる」

確かに、学生さんに向かって「これから社会に出ると、云々」とか、新人社員を「まだ社会経験が浅いから」と言っています。私も。あ、それに「社会人」という言葉もあるじゃないですが。普通に使いますよね、私たちもマスコミも。
この時に私たちが考えている社会=働く集団のことですね。

先の大学生はフェイスブックでも、この言葉への違和感をつづっていました。

 「男性中心の視点で、働いて稼いでる人が偉い、働いてない人は社会の構成員として認めないという差別的な考え方をめちゃくちゃ端的に表している」

 「家事をしている多くの女性、学校に通う子供、出産して働けない女性、障がいで働けない人、退職した高齢者。どんな人も稼いでなくても社会の一員だから」
                                       以上青字部分は6日付朝日新聞朝刊より引用

気になったので、「社会」の定義を検索しました。

大辞林第3版では、以下のように定義されています。



生活空間を共有したり、相互に結びついたり、影響を与えあったりしている人々のまとまり。また、その人々の相互の関係。 「 -を形成する」 「 -の一員」 「全体-」

同種の生物の個体間の相互関係や、それらのまとまり。 「ニホンザルの-」

同じ傾向・性質、あるいは目的をもつ人々のまとまり。 「上流-」 「都市-」

(自立して生活していく場としての)世の中。世間。 「学校を卒業して-に出る」

「社会科」の略。 〔「同集落の住民の集まり」の意で中国の「近思録」(1176年)にある。英語 society の訳語として用いたのは福地桜痴とされ、「哲学字彙」(1881年)にも載る〕


この③の定義で私たちは「社会に出る」「社会人」と言う言葉を使っているのだけど、だったら「社会経験がない」とか「社会を知らない」とか言われることもある専業主婦は、自立して生活していないことになるのかしら?

以前、知人が「私の母は社会経験がないから」と批判的に言ったことがあって、この時は私も違和感を感じました。PTA経験だって、自治会経験だって、いや、近所付き合いやママ友さんとのお付き合いも、立派な社会経験ではないのかしらと。
厳密には、こういう場合は「労働経験がない」とか「お金を稼ぐ(苦労を)知らない」というべきなんだろうなあ。

昔、ウーマン・リブの風が吹き、私も元夫のDVに直面して離婚を考え始めたころ、女性問題といえば、とにかく女性も働いて自活できる力をつけることだという考えに疑問は持ちませんでした。
でも、乳幼児時代がいかにその後の人生を左右するか、その重要度を知っているいまは違います。

妊娠、出産、授乳(母乳)ができるのは、女性です。
そういう女性性が最大限に守られる社会、活かせる社会が、男女格差のない社会なのではないかと思います。
ゆえに、単に女性の役員を増やすとか、議員を増やすこと=女性が輝く社会という政府の考えには賛成していません。

最近流行の「イクメン」や、男性の「育児休暇」取得を!という風潮にも疑問を感じています。
なぜ「イクメン」で「家事メン」ではないのでしょうね?
妊娠・出産から子どもがある程度成長してくれるまでは、「イクメン」より「家事メン」の方が女性にとってはるかに有り難いはずです。

子どもが3歳くらいになるまでは、母子を国が、すなわち社会が守ってくれ、その後労働社会に復帰するためのプログラムも用意されていて、昇格・昇給のある正社員として働いていくことが可能な社会が、私の考える男女格差のない社会です。

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