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物語を綴る~生きる喜びを拾いながら~

おひとり様シニアのひとり言。

「人生をやり直すなんてまっぴらごめん!」と彼女は言った。

Category日記
特養に入った父を見舞いに2~3カ月に1度帰省していたとき、
20年ぶりに同級生に会った。

彼女は町一番と評判のオートクチュールと洋裁学校の一人っ娘。
お母さんは文化服装学院が主催する洋装のデザイン大会で何度も入賞するような、
センスのいいデザイナー。

お父さんは元美術の先生で、私と彼女が机を並べて学んだ頃には、
すでにお店と学校の経営面でお母さんを支えていた。

私たちが高校1年で生物の授業でメンデルの法則を学んで間もなくの頃、
彼女が私に言った。
「『あなたのお父さんとお母さんの血液型からは、あなたの血液型は生まれないはず』、って言われたのよ。」
「それにね。最近、お父さんの私を見る目が・・・」
とても悩んでいる様子だった。

やがて、彼女は叔母さんにそのことを相談し、衝撃の事実を告げられる。
「じつは、あなたは私の子なの。」
「赤ちゃんのとき、いとこ婚だったお姉さん夫婦の養子に出したの。」

彼女は高校を出ると、当然のように文化服装学院に入り、
お父さんに非常に厳しく彼を判断され、
ようやくOKがでた大学の経営学を修めた人を婿養子にもらい、
2人でお店を手伝って両親を助けながら、お祖母ちゃんを見送り、
両親を見送り、ご主人を見送った。

ご主人を見送って、やっと?自分が社長の座について1年、というときに再会したのだが、
談笑する中で彼女が突然質問をした。

「〇〇ちゃん(私のこと)、人生やり直せるとしたら幾つからやり直したい?」
「う~ん・・・。中学からかな?」
「私はね。人生をやり直すなんて、まっぴらごめん。大変だったもの。この1回でもうたくさん!」
考えながら話す私の言葉を遮るように彼女が言い放つ。

「なにが一番大変だった?仕事?子育て?」と問うと、
「仕事も大変だったし、子育ても大変だったし、介護も大変だったし・・・」と。

だよね。養子に出された時点で、彼女の人生は大人の都合によって決められてしまっていた。

文化服装学院での洋裁の時間は不器用な彼女は苦手だと苦笑していたし、
もしかしたら、本当はもっとやりたいことがあったかもしれない。

おそらく、1番好きな人とは結婚が許されず、
もっともお店の経営に適した人物と養父が判断した人との結婚だっただろう。

彼女たち若夫婦は50歳を過ぎても養父母から権限の委譲はされず、
そのことの不満をふと漏らしたこともあったっけ。

二・二・六事件で暗殺された渡辺錠太郎教育総監の末娘で、
ノートルダム清心学園理事長だったの故渡辺和子さんの著書、
「置かれた場所で咲きなさい」のタイトルそのままの人生だったのだと思われる。
ちなみに、私はこの命令調のタイトルが嫌で読んでいないので、この本の内容は知らない。

置かれた場所で咲きなさい
画像はアマゾンよりお借りしました。
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