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物語を綴る~生きる喜びを拾いながら~

おひとり様シニアのひとり言。

「沈黙」にみる遠藤周作のキリスト像

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大そうなタイトルにしてしまったが、小一時間でまとまる内容ではないですね(^^;)
でも、あっちのブログでもこっちのブログでも取り上げていたので、ちょっとだけ。

TVで、いま「沈黙ーサイエンスー」という映画のCMが流れています。
遠藤周作の話題を呼んだ(と記憶している)小説「沈黙」を原作にした、
マーティン・スコセッシ監督の映画。

キリスト教、そして沈黙と並ぶと、私のように幼稚園もカトリックだったような人は、
イエス・キリストが十字架に架けられて、絶命するときの言葉、
「エロイ、エロイ、ラマ、サバクダニ」(私の記憶が確かならば)をただちに連想します。
「主よ、主よ、なぜ私をお見捨てになったのですか?」

でも、神は答えることなく、人々にさげすまれながらイエスは十字架の上で殺されてしまいます。
なぜ、主イエスが十字架の上でこう叫ばなければならなかったのでしょうか。
神に見捨てられなければならなかったでしょうか。
「それは、罪深い私たち人間の身代わりとなって贖罪を成し遂げるためである。」
とキリスト教は教えます。

映画のCMでも「主よ、あなたはなぜ、黙ったままなのですか」と主人公が叫びますが、
神が沈黙しているからこそ、信仰は信仰なのです。
神が答えたなら、それはゆるぎない事実となり、「信じる」必要はなくなります。

キリスト教徒はイエス・キリストによる贖罪を信じ、
そして最後の審判を信じています。

ミケランジェロ 最後の審判
ミケランジェロ「最後の審判」
画像はWikipediaよりお借りしました。

この世の終わりに、死者はすべて甦り、
神によって裁かれ、良き人は天国で永遠の生命を得、
悪しき人は地獄に堕ちて永遠に苦しむのだと。

だから信仰のために殺されることは天国を約束されたことと同じ。
喜びのうちに殉教できるのです。

唯一神教でかつ偶像崇拝を禁じるキリスト教は、ローマ時代から弾圧を受けることが多かったですから、
殉教者も多いのですが、現代では、たとえばコルベ神父さまが日本にもゆかりがあり、有名です。

悪名高いアウシュビッツの強制収容所で、10人のユダヤ人が餓死刑に処せられることになったとき、
選ばれたひとりの男性は叫ぶのですね。「助けてくれ。私には妻も子供もいる!」と。
そのときその場にいたコルベ神父が「私が身代わりになりましょう」と進み出て、代わりに餓死刑になるのです。

なぜ、自ら死を選べるか。
それは、永遠の生命を約束している神を信じるからにほかなりません。

信仰を捨てれば地獄です。
キリスト教の神は唯一絶対神の厳しい神です。
日本のようなやおろずの神ではありませんし、
慈悲に満ちた菩薩さまでもありません。
この唯一神であることの負の側面が宗教戦争であったりするわけです。

話を「沈黙」に戻します。
遠藤周作の「沈黙」が出版されて話題になった当時、
高校の読書感想文の課題図書になりました。

私が在籍したミッションスクールでは、たしか夏休みの宿題になり、
当然私も読んだのですが、当時の私は、どうしても遠藤周作の神が受け入れられませんでした。

主人公が打ち震えながら踏み絵を踏もうとするとき、
踏絵のなかのイエスが「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。
踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」
と語りかける。
                              青文字部分はWikipedia「沈黙」からの引用です。

「こうあるべき」というベキベキ主義だった当時の私に言わせれば、
キリスト教の神はこんなことは決して言うはずがないのです。
イエス・キリストは、「踏まれるため(=裏切り?信仰を捨てる?」になぞ生まれたのではなく、
罪を赦すために生まれて、十字架上で亡くなったのです。

ですから、罪は犯しても赦しを請えば赦されます。
しかし、赦しの神を否定してしまえば、赦されることもないと考えたのですね。
いや、今回この記事のために改めて読んでも、これは異端と思えてしまいます。

遠藤周作の神はキリスト教の神ではなく、
「善人なおもて往生す。いわんや悪人おや」に近い日本の神であると。

でも、私の感想文は、当時の現代国語の先生に呆れられたのですね。
けっこう長いお説教をされた覚えがあります。

ただ、今回この記事のためにWikipediaなどを調べて、カトリック教会内にも賛否両論あること、
ノーベル賞選考委員の一部が反発したことによって、ノーベル賞を逃したことなどを知り、
ちょっと溜飲を下げました。←私も執念深いですね(><)

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4 Comments

六花  

沈黙

やはり 沈黙がどう映像化されるかを見て見たいです。

公教会要理も勉強しましたが 自分には信じるものが
無いように思います。

追悼号 面白いデス。

2017/01/21 (Sat) 19:45 | EDIT | REPLY |   

風のフェリシア  

Re: 往復7時間!

六花さん、私も観たいです。
往復7時間かけないと上映映画館がないって、
北海道は広いのですね~。
お互いDVD化されるまで、じっと我慢でしょうか。

公教要理を学ばれたって、
六花さんはカトリックの教会に通われたことがあるのでしょうか?
私は洗礼も受けたのですが、教会とは離れてしまいました。

2017/01/21 (Sat) 21:57 | REPLY |   

デ某  

旬!

風のフェリシアさんの「トラウマ」の背景(経緯)がよくわかりました。
それ以上に、執念深く下げられた溜飲!が印象的でした(笑)
詳しくコメントしたいところですが、
22日早朝からまた介護帰省、その時間が今ないのが残念です。
映画は、観たい時が旬! 時代の産物ですからイキ!のいいうちに・・・ね。

2017/01/22 (Sun) 01:18 | EDIT | REPLY |   

風のフェリシア  

Re: さそり座じゃないのだけど(^^;)

なぜかしらね。
高校の現国の先生には、
読書感想文で2年連続呼び出されているんですよ。
よ~く覚えています(笑)
さそり座じゃなくて、しし座なんだけど(^0^)

デ某さんのお顔を見て、お母さまはきっとお喜びでしょう☆

2017/01/22 (Sun) 19:51 | REPLY |   

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