2016_12
03
(Sat)22:40

親を褒められるって、この上なく嬉しい。 

夕方、電話が鳴った。

「はい。○○(私の苗字)です。」
「あ、松永ですけど。」
「松永さん・・・?(必死で脳内を検索)」
「わからないわよねぇ。日光のかっ子です。」
「えっ!かっ子ちゃん?わ~懐かしいです。」
「ふふ。この間、△△(私の旧姓。私は離婚時、姓を戻さなかった。)さんのお墓参りに行って来たの。」
「ありがとうございます。両親も喜んだと思います」
「お父さん(父のこと)は、大学に献体をされたでしょ。だからお別れも出来なくて。」
「そうなんです。私もお別れができなかったんです。」
「お母さんにはね、入院中にお見舞いに行って。暑いときでね。お母さんに何が食べたいと聞いたら、アイスクリームが食べたいって。それで病院の外に買いに出たんだけど、帰って来たら病院に入れなくて。面会時間が過ぎましたって、警備室で止められて。アイスクリームをね、食べさせてあげられなくて・・・それが最後で、心残りでね。」
「そんなことがあったんですね。かっ子ちゃん、ありがとうございます。」

「お父さん、△△さん(父のこと)はね。本当にいい方で。△△さんが人を悪く言ったことは、一度もないの。一度もそういうの、聞いたことがないの。見習わなくてはってね、思ったのよ。私、お手本にしていたのよ。それに温泉の設備にトラブルがあると、夜中でもなんでも来てくれてね。本当にいい方で。」
「(やや胸を詰まらせて)そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。」

中禅寺湖と男体山
中禅寺湖と男体山(画像は日光市観光協会公式サイトからお借りしました。)

測量技師だった父は、満州から引き上げ後しばらくして奥日光の湯元から温泉を引く仕事に就いた。
たぶん、当時父は20代後半から30代の初め。
仕事に情熱を持っていた。
湯元から中禅寺の旅館まで、温度を下げずに温泉を送るのにかなりの工夫と苦労がいったらしいが、なんとか上手くやり遂げ、奥日光の観光に大いに貢献した。
晩年の父はこの仕事をとても誇りにしていて、よく思い出話をしてくれたものだ。

かっ子ちゃんのお父さんは、その時の中禅寺の商工会議所の長?のような立場で、父とは家族ぐるみで親しくしてくれた。
そんなご縁で、私たち家族も夏休みの2~3日をかっ子ちゃんのお父さんの経営する湖畔の旅館に泊まり、かっ子ちゃんや弟たちと(なんと7人兄弟)とおおいに遊んだ。
ボートで湖を巡ったり、足が痛くなるほど冷たい谷川に入ってクレソン摘みをしたり、トランプをして遊んだり。

かっ子ちゃんと最後に会ったのは、母の葬儀のとき。もう14年前だ。
よくぞ思い出して電話をしてくれたものである。
そのうえ、母にアイスクリームを届けられなかったことを心残りに思ってくれ、父を褒めてもらって、胸が熱くなった。

夕方の思いがけない電話で、今日はとっても宝物の1日。

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2 Comments

六花  

ご両親

きっとお父さんっ子のフェリシアさんですね~
読んでいると伝わって来ますよ。
慕われたお母様も素敵な方・・
どんな両親の元に生まれるか 子どもは選ぶ事が出来ません。
そう思いながら 優しい親でありたいと・・

2016/12/04 (Sun) 06:56 | EDIT | REPLY |   

フェリシア  

Re: 正解です。

六花さん、こんばんは。
お察しの通り、私はパパっ子でした。
(私たち姉妹は両親をパパ、ママと呼んでいました)。

父にはとても可愛がられて育ったけれど、
なんの恩返しも出来ずに、父はあちらに逝ってしまいました。
母は、幼少期は戦後の大変さもあったのかとても厳しかったのですよ。
日光に引っ越した小学校1年くらいからは甘々になりましたけれど。

六花さんは、優しいお母さんですよ。
私への接し方でそう確信しています。

2016/12/04 (Sun) 20:37 | REPLY |   

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