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物語を綴る~生きる喜びを拾いながら~

おひとり様シニアのひとり言。

次姉は長姉に腎臓をあげて、家族の頂点に立った。

Categoryおかしな家族
Yahooニュースで、生まれつき子宮がない女性に生体子宮移植をする申請を
慶応大学がする方針と知った。
中高年の閉経した女性の子宮も胎児を育てる能力を持っているとかで、
ニュースでもドナーには早くも母親が想定されている模様だ。

じつは30年前になるが、次姉が長姉に腎臓を提供している。
次姉の近所に妹に腎臓をあげた男性が住んでいて、
その男性の話から、次姉は週3で人工透析を受けている長姉に自分の腎臓を1つあげようと決心したようだった。

長姉がその話を受け入れるまでにどういう経緯があったのか、一人遠方に住んでいた私は細かくは知らない。
私は生体腎移植の話が出た当時、息子が高校受験だったので、
「いまは無理。息子がせめて高校を卒業してからなら考える」と次姉に言ったのを記憶している。

人工透析
人工透析の辛さは相当なものらしい。

腎移植が決定するまでは、次姉からは「長姉は長時間の透析で可哀想」という話しか聞かなかったが、
いざ次姉がドナーになることが本決まりになると、もともと折り合いの良くなかった母への攻撃が始まった。
「おばあちゃん(母のこと)は、自分がドナーになるとははまったく言わない。
普通はまず母親がドナーになると言い出すものだろうに」etc.・・・

後から聞いたことだが、母子家庭だった次姉は、移植手術前に
「万一のことがあったら息子を頼む」と、長姉夫婦に約束したらしい。
当時次姉の息子は高校1年生だった。

30年前だから移植手術で亡くなるドナーはゼロだったようだけど、
長姉夫婦はどうしてそんな約束をしてまで移植を希望したのかなぁ、と
その後家族間の力関係が大きく変わって行く様を見届けた私は思う。
それだけ人工透析は辛いものだったということか。

移植手術
2人の姉の手術は成功し、合併症などもなく無事退院。

腎移植に限らず、臓器移植のドナーは提供する臓器を傷つけないために大きく身体にメスを入れる。
その大きな傷跡と痛みは次姉の勲章となった。
家族は次姉に頭が上がらなくなり、友人知人は当然だが彼女を褒め上げた。

それまでは、我が家のボス!?は母だった。
次席は母の寵愛を一身に受けていた長姉。
そしておっちょこちょいで、母からよく叱責されていた父と私がたぶんその次と次で、
3人姉妹の真ん中で、しかも母とウマが合わなかった次姉はどうしても陰になりがちだった。

その力関係が移植手術後、見る間に逆転したのだ。
母は娘が苦しんでいても知らん顔の愛情のない母親と言われ、
次姉は「私は愛情いっぱい!」と胸を張って自画自賛するようになった。

家族愛の美談として語られる生体臓器移植だけど、
じつはその裏には、ドロドロとした家族間のダイナミズムがあるのである。

長姉に移植された次姉の腎臓は、しかし10年でまったく働きを失くした。
そのことが判明すると、すかさず次姉から私に電話がかかってきた。
もちろん、「今度はあなたがドナーになる番よ」という電話だ。

だけど、私は断った。
私は乳がんの術後5年を迎えていなかったからだ。
でも、私の乳がんなど次姉の頭の隅っこにもなかった。

晩年、次姉の言うがままに従うしかなかった母は、死後直後に角膜を提供していた。
父と次姉が決定したと思われる。
ほかには誰も知らなかったから。

父は、母がまだ健在のうちから地元の大学に献体手続きをした。
次姉と一緒に。

私は乳がんの術後10年を迎えてから長姉に直接「ドナーになるよ」と申し出たが、
長姉は「もう、いい」と断ってきた。
義兄も従妹たちも「(姉は)もう年だしね~」と前向きではなかった。

合同慰霊祭
献体して1年後に、無宗教で献花式の合同慰霊祭が開催された。
3つの画像はお借りしました。

平成24年1月長姉は脳梗塞で亡くなる。享年69歳。
平成26年4月父が亡くなる。享年97歳。お別れも何もなしで、
次姉により病院から直接大学へ運ばれた。

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2 Comments

六花  

フェリシアさん・・・

深いため息をつきました。
その中の真実は私には分かりませんが
友に 腹膜透析の人が居ます。彼女はその時
まだ60代でした。
腎移植の話しをしたとき 「そこまでして生きていたくないの」
と言いました。
重い 重い課題を背負っていらしたのですね。

2017/01/10 (Tue) 10:22 | EDIT | REPLY |   

風のフェリシア  

Re: 次姉には次姉の、長姉には長姉の

重~い話で、ため息をつかせてしまってごめんなさいね。

昔、私は「真実はひとつ」と考えていたのですが、
いまは違います。

この記事は私から見た家族の在り方の真実の1面。
次姉には次姉の、長姉には長姉の、そして母には母の、
それぞれの物語があり、それぞれ真実なのですよね。

腹膜透析のお友だちはもちろん、そのご家族も
大変重い課題を担っていらしたと思います。

2017/01/10 (Tue) 22:38 | REPLY |   

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