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物語を綴る~生きる喜びを拾いながら~

おひとり様シニアのひとり言。

差別と偏見

Category世の中のこと
所用があって日曜に図書館に行かなかったので、
今日は10日土曜日の朝刊も読んだ(図書館は月曜休館)。

そして、9日に部落差別解消推進法が参院本会議で可決され成立したことを知る。
この法案の成立が今後どう社会に影響するのか、判断する知見を私は持っていないが、
私自身が人生で2度、部落差別が世の中に動かしがたく存在することを実感した経験があることを思い出した。

1度目は、子ども会のキャンプに付き添った30代半ばのとき。
1泊したテントの中で一緒に寝ることになった女性が、自分がいわゆる被差別部落の出身者と結婚したこと、
結婚後そのことでどんなに苦しんで来たか等々を寝床で話してくれた。
なぜ、彼女が私に打ち明け話をしたのかわからないが、きっと胸に耐え難い思いが積み重なっていたのだと思う。
それまでは、ふと小耳にはさんだことがあるだけだった差別が、いままさにここにある現実だと感じた夜だった。

2度目は離婚後に就職した会社で、50代の数名の男性社員から、
私の最寄り駅名が被差別地区を指していると指摘された。
現実に差別をする側の人間に遭遇したわけだ。
声を低めて、差別的な言葉を口にするその男性たちは、どうしても私が好きになれないタイプの人たちだったけど。

離婚時は我が家にはワンコが2匹いた。
娘が2匹とも絶対に手放さないと言い張るため、
部屋を借りるときに「ワンコ2匹を飼えればどこでもいい」と不動産会社に焦って伝えてしまった。

後々焦ったことをとても後悔したけれど、
私たちが内覧もせずに決めた長屋はボットントイレな上、間取りも悪く、環境もそれまでで最悪だった。
とにかく公然とツー・ワンズを飼えたこと、南向きで日当たりが良かったことを除いては良いことがない家だった。

隣の老夫婦は近所にお金を無心して歩き、
2軒先の孫を世話していたおばあちゃんは乳がんを放置して、脇からゴツゴツとこぶが出ていた。
「医者には放置すれば余命3年と言われたけど、もう7年も生きている」
そう言って笑う口元には、歯がほとんどなかった。

内縁の夫をがんで亡くしたうつ病の女性は、毎晩婦人会の役員に働くように言われ続け、庭で焼身自殺した。
このケースは、生活保護というセーフティーネットで本来は救えた命。
お通夜で、その婦人会の役員は呟いた。「うつ病の人に頑張れって言ってはいけないんだってねぇ。」
私は涙も出なかった。

「底辺」とか「貧困」とかの言葉がタイトルにあるドキュメンタリーの世界が、そこでは繰り広げられていた。
いや、いまもきっと変わらずに繰り広げられているだろう。

罰則のない法律がいくつ作られても、人々の意識が変化していかなければ偏見と差別は続く。

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2 Comments

デ某  

あたりまえの・・・

私の郷里では、牛馬の屠殺業の方(或る一定の地域の地場産業)に対する差別があり、
その地域(人)を意味する(言葉ではなく)指を使った特有の表現がありました。
ですから、そうした差別があることを私は小さい頃から知っていました。
それでも郷里で過ごした18年に部落差別の実態に触れることはありませんでした。

京都で送った学生時代、私より5~6歳上ながら妙に大人びた音楽家に出会いました。
尾上和彦(当時は「多泉和人」)という作曲家で、室内オペラの創作で知られます。
東大寺に奉納されたオペラ「仏陀」、有吉佐和子さん原作のオペラ「藤戸の浦」etc.いずれも話題作として新聞に取り上げられましたが、「お金」にはなりませんでした。

この人がまだ世間に殆ど知られていなかった頃(今もそう知られてはいませんが・・・)
縁あって知りあい、京都駅の南に下った「竹田」という地域にまいりました。
彼は、京都の民謡を収集(採譜)し、合唱曲に編曲しようとしており、
この「竹田」でも古老が歌うのを聴きとり譜面におとす日々を送っていました。
簡単に思われますが、そこまで行く(信頼関係)にはかなりの期間を要します。
近くに寝泊まりし、同じ歌を何度も聴きます(歌うたびに節も詞も異なります)。
これらは後に「京都府の民謡」として上下二冊に著わされました。
その中の一曲が「竹田の子守唄」で、歌った「赤い鳥」とともに大ブレイクしました。

ちょうどその頃に彼に出会い、前記「竹田」という被差別部落を訪ねました。
今や高層ビルが林立する新テクノ都市に変貌しましたが、当時は殺伐とした町でした。
どぶ川に沿って掘立小屋のような住居が並び、あたりに異臭がたちこめていました。
この当時の光景、この歌の原風景を知らなければ、この歌は歌えないと思います。
「赤い鳥」から別れた「紙ふうせん」の後藤悦治郎は当時ここを訪ねたと聞きました。

この歌がヒットした頃、なぜか作者(地域)不詳と言われましたが、
現在は「京都府民謡」「採譜:尾上和彦(多泉和人)」と記されるようになりました。
その後さらに、歌詞に「差別的」内容があるとして放送禁止となりました。
まるでその地域の人々を象徴するように、この歌もまた不遇な歩みをたどりました。

ちなみに放送禁止の対象となった歌詞は
 『久世の大根めし/吉祥の菜めし/またも竹田の藻んばめし』でした。
 京都府の久世(くぜ)郡は、平等院のある宇治市の近く、
 吉祥(きっちょ)は京都駅から少し西、ワコール本社ビルなどで知られる吉祥院、
 そして竹田・・・いずれも被差別部落がある地域でした。
後に、部落関係者から抗議があったからではなく放送局の自粛と判りました。

「赤い鳥」から別れた「ハイファイセット」は解散し、山本潤子さん一人が現役・・・。
同じく別れた「紙ふうせん」の後藤悦治郎と平山泰代のご夫妻はまだ現役・・・。
でも色々あったのでしょうね、「タイガース」のような再結成は望み得ないようです。
尾上和彦も相変わらず「売れない作曲家」で、
最近はブルガリア人の女性作家と組み、オペラ「源氏物語」の制作に没頭とか・・・。

私は前記のとおり「部落差別」の存在を知っていましたが、
函館出身の妻は、学生時代、「そんな地域があるなんてぜんぜん知らなかった」と。
たぶん、関東あたりまででしょうね、このことを身近な問題として知っているのは・・・。
殆どは関西以西、とりわけ京都・大阪・兵庫あたりでしょうか・・・。
差別される側の対立も鋭かったですし暴力事件として耳目を集めることもありました。
「20世紀中の解決をめざす」が、21世紀に持ち越された一因でもありましょう。

なんかダラダラと昔話のようなことを記してしまいました。申し訳ありません。
六花さんのコメントがないのは、わが妻同様、北海道にお住まいだからかな・・・。
妻も「実感がもてない」問題だと言っていましたから・・・。
部落問題に限らず、人種、国籍から病気、貧富、学歴etc.様々な差別がありますけど、
人間としてのごくあたりまえの感性、理性が問われる問題ではあります。
あたり前のことがあたり前ではないところに難しさがあるのではありましょうが・・・。

2016/12/20 (Tue) 12:14 | EDIT | REPLY |   

風のフェリシア  

Re: 尾上和彦さんについては初めて知りました。

デ某さん、こんばんは。
いえいえ、詳しく教えてくださってありがとうございます。

竹田の子守歌は、曲調に魅かれ、よく口ずさみました。
好きな歌なのに、部落差別がどうとかで放送禁止になったことは知っていましたが、
尾上和彦さんが採譜したなど、まったく存じませんでした。
信頼関係の構築にはさぞご苦労があったと思います。

デ某さん、どうなんでしょう?
>部落問題に限らず、人種、国籍から病気、貧富、学歴etc.様々な差別がありますけど、
>人間としてのごくあたりまえの感性、理性が問われる問題ではあります。
↑上記の問題であれば、部落問題もその地域を隠すのではなく(
歌詞に地名があるからと放送禁止にする等)、
むしろその悲惨な実態を知ってもらった方が、
「まったく理不尽な理由で同じ人間がこんな差別を受けてはいけない」と、
人の心に訴求できるのではないでしょうか?

人種差別、エイズなどの病気差別、LGBT差別etc、
その真実と悲惨な実態、当事者の苦悩が小説や映画などで広められることで、
少しずつ克服されてきた気がしますが、当事者の声はまた違うのでしょうか?

2016/12/20 (Tue) 21:36 | REPLY |   

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