2017_11
22
(Wed)22:00

恐いおじさん?おじいさん? 

入院中に同室になった恐いおじさんのことを書き忘れていた。

8時間の手術を終えると、私はスタッフ・ルーム(昔のナースステーション)に一番近い病室のベッドに移された。
そこで一緒だったのがこのおじさん(もしかするとおじいさん?)。
私は一番しんどい時で身動きできなかったため、どんな人か見ることはできず、声を聞いただけだがとても恐い思いをした。

看護師さんを「おい!、おい!、おい!」と何度も大声で呼ぶ。
「お~い!」というのどかな言い方ではなく、「おい!なにやってんだ!」等怒ったときの「おい!」だ。

私のところに看護に来た看護師さんに「ナースコールはないのかしら?」と尋ねたら、
「できないようになっているのよ」とのこと。
意味がわからなかったが、あとから事情が呑み込めた。
両手を拘束されていたのだ。

拘束されたのは、管を抜いてしまったことがあるかららしい。
通りがかった看護師さんにヤ〇ザさんのような物言いをした後、
医師らしき人が来て彼に言っていた。

「ぼくたちはいじめているわけじゃないんだ。
本当はこんなことはしたくない。
また管を抜いてしまったら、酷い思いをすることになるだろう?
守るためなんだよ。いじめているわけじゃない。」

しばらくして片手だけ自由になると、「おい!おい!おい!」のほかにベッドの柵をドンドン叩く迷惑行為が始まった。
ここで私の恐怖はMAXになり、看護師さんに頼んで部屋を変えてもらったが、その部屋にも「おい!おい!おい!」+ドンドンドンは響いてきて、夜更けても眠れたものではなかった。

そのうち、また両手を拘束されたのだろう、ドンドン叩く音は聞こえなくなったが、
私が退院するまで、「おい!おい!おい!」の声はむなしく病院の廊下に響き続けた。

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2017_11
21
(Tue)21:03

倚りかからず 

倚りかからず

ある人から茨木のり子の詩「倚りかからず」を勧められ、詩集をアマゾンに注文していた。
「倚りかからず」は、茨木のり子73歳のときの作品だそうだ。

倚りかからず      茨木のり子

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


「じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある」
自分にあまり自信のない私は、とてもこんな風には言い切れない。

茨木のり子はよく「凛とした」とか「凛として」と評されるが、確かにこの詩からは背筋をピンと伸ばし、颯爽と街を闊歩する女性が浮かび上がる。
猫背で、下ばかり向いてトボトボ歩いている私とは正反対だ(笑)。

茨木のり子の「私が一番きれいだったとき」は、近頃は国語の教科書にもよく掲載されているそうだ。

私の時代には教科書に女性の詩は載っていなかった。
古典で源氏物語と枕草子に接したくらい。
確実に、時代は前に進んではいる。


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2017_11
20
(Mon)21:06

ワンコの病院へ 

私のワンコにはてんかんという持病がある。
毎日、朝晩薬を1錠飲ませないといけない。
そして年に2回の血液検査。

血液検査のない時は、お薬だけもらえばいいのでワンコを連れて行かなくて良いけれど、6カ月に1度は採血に連れて行く。
その6カ月目が運悪く11月だった。
重いものは術後3カ月は持たないように注意されているので、6月の入院の時に花の水遣りを頼んだボランティアさんにワンコのケージを持ってもらい、タクシーで往復した。
一人暮らしのばあさんが動物を飼うものではないと猛省しながら。

抗がん剤がこれほど効かなかったら、今ごろは末期がんに苦しんでいたであろう私。
ボランティアさんに手伝ってもらいながらでもワンコを病院に連れて行けるのは、ものすごい幸福なのだとも。

血液検査の結果は良好。てんかんの持病を除けば健康そのもののようだ。
どうかこの子を見送るまでは、がんが再発しませんように。

やり直し短歌。
ことばのひとつひとつに深い想いいとしいいとしい病床の妻よ

う~ん、難しい。TVドラマ「陸王」の役所広司さんのように頭を掻きむしりたい!

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2017_11
18
(Sat)20:34

人工衛星に乗せられた犬「ライカ」に比べればずっとマシ 

ブロ友さんがこれまでに観た映画の中で「この一本!」を選ぶとしたら、という記事を書いていました。
誘われて私も「映画この一本」を考えてみたのですが、「アラビアのロレンス」と「レオン」の2つのどちらも捨てがたく、1本に絞れませんでした。

「この1本」を選ぶためにいろいろな映画を思い出しましたが、苦手だけど印象に強く残っているのが、スエーデン映画「マイライフアズアドッグ」です。

スエーデン映画といえば、イングマール・ベルイマンを思い出しますが、彼の映画も私には苦手でした。
ベールのひとつ向こうを観ているような不思議な距離感をスエーデン映画には感じます。

「マイライフアズアドッグ」も時間の流れがゆったりとしていて硬く、最後まで観るのがしんどかったのですが、次のような映画の初めの主人公イングマル少年の独白が強く印象に残っています。

考えてみれば、僕はこれでも運がいいほうだと思う。
たとえば、宇宙を飛んだあのライカ犬。人工衛星スプートニクに乗せられ、いろんなことを調べるために脳や心臓にワイヤーまでつけられて、どんなにイヤだったろう。食べ物がなくなるまでの5ヶ月間、地球をぐるぐると回って、そして飢え死にした。
僕はそれよりずっとマシだ。

ライカ犬

この映画が作られた後に、スプートニクに乗せられた野良犬「ライカ」はじつは人工衛星打ち上げ後7時間で、苦痛に悶えながら死んだと発覚するのですが、当時は5カ月間地球をぐるぐると回って飢え死にと考えられていました。

ライカ犬2

個人的には「~の方がもっと不幸。私はまだマシ。」というような、他人の幸不幸と自分を比べるのは好きではないのですが、薄幸な少年イングマルが人工衛星と共に宇宙の塵となったライカと比べるのは抵抗がありませんでした。
そして私もときたまイングマル少年を真似て、「あのライカよりまだずっとマシ」と考えたりするのです。

画像はお借りしました。
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2017_11
17
(Fri)21:33

この歌は好き 

今日は診察日だった。
血液検査、全般により良くなっているとのこと。
お腹の膿は皮下脂肪からのもので、心配ないらしい。
日にち薬。

息切れは胸水がやはりまだ少し溜まっているため。
こちらは様子見。
1週間後再診。

予約なのに、診察まで3時間待ちだった。
少々疲れたが、永田和宏さんの「現代秀歌」も少し読めたので良しとする。

岡野弘彦さんの短歌
「ごろすけほう心ほほけてごろすけほうしんじついとしいごろすけほう」
が気に入った。
でも、岡野弘彦さんはこういう作風ではなくて、この歌は大変珍しいらしい部類らしい。

なんでも難しいけど、短歌も難しい。
病室で作った歌をこねくり回しているけど、どうも定型に収めるのが私には難しいようだ。
で、非定型でまだまだこねくり回したいけど、一応中途披露。

ことばのひとつひとつが愛の告白いとしいいとしい病床の妻よ

隣のベッドの奥さまを1日2回、必ず見舞うご主人の言葉を、声を、そう感じた。
私だけじゃなく、乳がんで1週間で退院したご婦人も、去り際に廊下で
「あの人は、本当に幸せよ」と残していった。

しかし、「愛の告白」は陳腐で頂けないなぁ。
「愛のささやき」はもっとなんか厭らしくなってしまうし。
なにがいけないって「愛」がいけないのだろう。

またこねくり回してみます。お粗末m(__)m

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